第2部

第16章

 先日のBBC広報担当者の様に、警視庁の副長官であるケニス・エヴァンズは特にこれといった理由がないにもかかわらず、フィリップ・ブレナンに大使館での昼食会に 招待され興味をそそられた。彼には2、3回会って気に入っていた。彼はおべんちゃらを言うことなく魅力的で、すべての政治家のように彼に不正があるならば、彼はよくそれを隠したという意味で実際は不正が倍になると警官は思った。 エヴァンズが案内されるとブレナンは彼の机から立ち上がり来てもらったことについて詫びた。
「さて」
と、ひどい物まねの口調でエヴァンズが言った。
「もしシートベルトなしで運転しようものなら・・・」
「全く」
とブレナンが言った 。
「君の言う通りだ。」
昼食が運ばれて来たので彼らは食べるために席についた。彼らは最近の都市暴動、政治的なデモンストレーション、そしてトラファルガー広場の災害に対処する問題について話し始め、そして最終的にはエヴァンスの得意分野のサッカーの話になった。 食事のほぼ1時間後には警官は自分がなぜ招待されたか疑問に思い始めていた。彼がなぜ招待されたかの理由はまだなかった。コーヒーを飲んむと、ようやくブレナンが彼のリクエスの概説した。 エヴァンズは眉をひそめた。

「五つ短剣、って言いましたか?」
「同一のです。警視庁のブラック博物館にあると僕は思っています。数年前シカゴで発見されたものを我々の博物館で短期間展示したいと思うんです。その後はもちろんお返しします。」
「私には分からないが・・・」
「僕がそれを受け取ったら全ての情報がファイルされるかな?指紋あるいはそれと同類の?」
エヴァンズがうなずいた。
「それは容疑者が逮捕されることになっている場合だけ必要とされる?」 「その通りです」
「どっちみちこちらが希望することなく突然に・・・」
ブレナンは微笑んだ。
「ここ数週間では起こる可能性がないですね。」
「確かに」
エヴァンスは微笑み返した。
「でももしその短剣が必要ならすぐお返しします。」
「私は短剣がちゃんと保護されていたと主張しなければなりません。」
「それは僕が確認します。」
「そう、それで、わからないのですがなぜ・・・」
「すばらしい。ありがとう。本当にありがとう。博物館が喜ぶよ。」

 2人がサッカーの話に戻った。それから20分間、エヴァンズはその場を去るまでこの男がなぜ5本の古い短剣を望んだかについて疑問に思っていたが無駄だった。
「理由なんてどうでもいい」
とエヴァンスは車に乗り込んでブランデーのゲップをして大声で言った。 理由はどうあれ、結果的に大使は自分に借りができた。そしてそれは警視庁の副長官である自分にとって好都合だった。エヴァンスは騒々しくゲップをして背をもたれた。


  「マーガレット!」
ブレナンは家をあてもなくさまよった。彼女はまだ多分買い物で外出していていないということは分かっていた。しかし、確認する必要があった。入ってきて質問してほしくなかった。答えに納得しないということが分かっているからだ。ブレナンは大きなブランデーを手酌して廊下を行ったり来たりした。そして、それを繰り返し、腕時計をちらっと見て飲みすぎていたことに気づいたが、かまわなかった。 正常に戻るならば減らす。すべてが正常になるならば・・・。
「さあ、さあ」
と、ブレナンがつぶやいた。エヴァンズは小包を6時ぐらいに届けると約束していた。

 ドアのベルが鳴るとブレナンは駆け寄ってドアをひき開けた。警察のメッセンジャーが小包を差し出してサインするように頼み、それから敬礼してオートバイに飛び乗った。 ブレナンはドアを閉めて書斎に行った。包装をひっかいたが固いままだったので文句を言った。それはとても丁寧に包装されていた。ブレナンは鋏を2本持って両手で切り刻んでバラバラにした。すると一本の刃が壊れて欠けて手のひらを切った。ブレナンは小包を落として机につまずき、そして細い直線で流れ出た血を吸った。短剣は床に散らばったままだった。それぞれにラベルがついていた。1は寄せ木張りのフローリングの端1インチのところに直接突き刺ささり柄が揺れ、そのラベルが旗のようにひらめいた。
 ブレナンはそれに手を伸ばすと、血が指から流れ落ちて柄の上にしたたった。ブレナンは文句をいいながらバスルームへ走り包帯の箱を取り出した。手に包帯を巻きながら、短剣が手相の占い師が言う生命線の中年の所を横切って切られたことに気がついた。
 ブレナンはもう一つの誓いをぶつぶつ言って書斎にもどった。短剣はまだ床で揺れていた。柄に血のシミができていた。ブレナンはそれを引き抜いてティッシュで拭いた。血はキリストの体に塗られ顔と胴を染めた。ブレナンはぶつぶつ独り言を言いながらバスルームに戻り短剣を洗いタオルの上で乾かし、再び書斎に戻って机の引き出しを開けてデ・カルロから与えられた短剣を取り出してその他の短剣の間に置き、十字の形に配置した。
 同じように苦しみで歪んでいるのが特徴のキリストの6つの顔が、ブレナンをじっと見上げていた。ブレナンはそれをぼんやりと見つめた。目をそらすことができなかった。 まるで焚火をのぞきこんで催眠術にかかっているように強迫的に明滅している炎を見つめているようだった。
 いったいどのくらいそこに立っていたか分からなかった。しかし、玄関のドアが開く音がするとブレナンははっとした。彼は短剣を集めて引き出しに押し込み、妻の挨拶に返事をしながら今自分が何をしようとしてたのだろうと考えていた。


  今までで最も暑い元旦で湿気があった。ラジオディスクジョッキーは、記録的な花粉の数であると息を切らしてアナウンスしていた。ブーハーと少年はペレフォードの庭を散歩していた。犬が彼らの後を物憂げにとぼとぼと歩いていた。ミツバチのブンブンいう音を背景に、コオロギが鳴き、上空ではヒバリがソプラノを奏でていた。 少年がくしゃみをしてブーハーの自然のオーケストラというちょっとしたファンタジーを中断した。
「おだいじに」
とブーハーがおどけて言ったが、少年は笑わなかった。少年は疲れていて具合が悪そうに見えた。どんなに強い日差しでもどうということはなく、少年はまったく日焼けをしたことがなかった。それなのに少年は太陽で弱っているように見えた。頬がくぼみ、目のしたに隈ができていた。
会議についてほかにすべきことがある?
と少年は聞いた。
「何もない。」
とブーハーが言った。
「地上はよく準備できている」
そうか。すでに来ているのか。収穫の時が
ブーハーは少年をちらと見た。その意味を聞こうとしたとき少年がまるで叩かれたように立ち止まった。少年は振り返って並木の方を見つめた。ブーハーはその視線を追った。半マイル先に森の中に反射する日光の輝きをみつけた。
奴が僕に自分の使いを送った。
少年は言った。
神の子の代理人が僕を滅ぼしに来ている。
犬が光の方へ走りながら前進し、少年がそれを見つめた。
至るところで奴の存在を感じるんだ。」 と少年がささやいた。
奴が僕の魂を浸食する。奴の敬虔が僕の骨の髄まで浸透する。」 ブーハーは震えた。少年が何を感じているかが分かった。なぜなら神の子の力を経験していたからだ。毎晩不意にその声を意識した。しかし、朝にはぼんやりとした夢を残してそれはなくなっていた。
  犬は植え込みに姿を消し、少年は家の方へ引き返した。
ポール、僕の為に祈ってくれ。しもべたちに祈るように言ってくれ。彼らの力すべてが必要なんだ。
ブーハーは少年が老人の足取りで歩いて家に戻るのを見てから丘に視線を戻した。光は並木からまだ輝いていた。ブーハーはしばらくそれをじっと見つめ、それから振り返って男の子の後を追った。日中だというのに寒さを感じながら・・・。


 ブレナンは首から双眼鏡をぶら下げて、深呼吸をして肺の中に湿っぽい空気を吸いこんだ。彼は震えた。それは目だった。無表情な死んだ目だと思った。彼の足は壁の上にぶら下がっていた。森の中を振り返って5本の短剣が入っている雑嚢を見た。第6の短剣は彼の手のひらにあった。聖職者に頼まれたとおりにすることはできないことはわかっていた。それは不条理だった。それについて考えることさえ狂気であった。
 ブレナンが壁の向こうに飛び降りよとしたとき犬が茂みから軽やかに駆けて来た。ブレナンは瞬きした。今までこんな力がみなぎっている獣を見たことがなかった。すばやく足を壁の上にのせて不安定だったがなんとかバランスをとってそこにしゃがんだ。犬は歩みを止めず、壁に飛び掛り前足で掴まろうとしてひっかき、彼の3フィート下で頑丈な顎で噛み付こうとしていた。
 ブレナンはその顎と黄色い目をじっと見つめた。犬は後退して再び壁に飛び掛った。音をたてず黙って飛びついてきた。唯一その歯が衝突する音だけがあった。 ブレナンは前に倒れたいという衝動を感じて壁の上で揺れた。その衝動は舟に乗っている時のようで、海を見つめ、水中に身を投げたいという自殺願望であった。ブレナンが目を閉じると十字架の子供のイメージが甦った。
 ブレナンは頭を振り、その力を払いのけようとして、再び自分の下の獣の臭い匂いを意識した。本能的にブレナンは短剣をつかみ、柄の輪郭を鮮明に感じた。彼は短剣にしがみつき、茨の冠が彼の手のひらに穴をあけるまで握りしめた。突然の痛みではっとした。ブレナンは目を開けた。幻覚はすでに無くなっていた。 ブレナンは一息入れて犬を見つめた。もはや犬は彼を見つめて動かなかった。困惑するように頭を上方に向けブレナンの方を見ていた。
汝の鞭と汝の杖が我を慰む・・・。」(訳者注:旧約聖書の詩篇23の抜粋と思われます。)
ブレナンがつぶやくと、壁の向こう側に滑り降り雑嚢を拾った。犬の遠吠えが聞こえた。それは失敗したという長い嘆きだった。



・・・いよいよクライマックスか・・・私は睡魔と闘いつつ・・・大雑把に訳して
ひたすらつづきます


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