2部

18章

  ブレナンは妻が晴れの場のためにメイクアップと正装している側にいつもいた。その刺激は結婚後6年たっても、彼らが同棲していたときと同じくらい強かった。今でさえ、ずっと続いている。妻がスリップ姿で座って髪にブラシをかける時の腕のうごきのおかげでテレックスから気が散った。
 ブレナンは集中しようとした。テレビニュースは灰皿の内輪もめを報じ、あのシリア人がイスラエル国会に抗議の手紙を送っており、それでロシア大使がテルアビブから呼び戻されたと思われると伝えていた。それが彼らが知っているすべてだった。ブレナンは外交のテレックスとセキュリティシステム上の会話読みながら事態は非情に悪くなっていることに気がついた。中東戦争は今や回避不能で、それは問題のほんの一部だった。

 「何が起こると思う?」
マーガレットは心を読んでいるかのようだった。マーガレットは鏡台のスツールの上で身体をよじり目を大きく見開いてブレナンを見た。
 ブレナンはマーガレットを見て目を見張った。彼女はこれまでけしてこんなに魅力的ではなかった。ここですぐ愛し合いたいという衝動が湧き上がった。ブレナンは思った。多分それは差し迫った死の可能性のせいだと。そうであろうとなかろうとそれは全く純粋な欲望だった。
「それはよくないよ」
とブレナンは言ってマーガレットにちかづいた。自分が知ったことを話したくなかった。知ったことの半分でも彼女は機転きき怖がるだろう。ブレナンは近寄ったが、マーガレットからは何の反応もなかった。マーガレットは鏡に向き直り口紅を取りあげた
 ブレナンはため息をついた。
「もう一度教えてくれ。ポールはいつ僕らを招待したっけ?」
 「先週よ。言ったでしょ。留守電があったって。私が話したらあなたぶつぶつ文句言ってたじゃない。」
ブレナンは肩をすくめた。そんな記憶はまったくなかったが、彼女が言ったと言うならそう言ったんだろう。
  しばらく、沈黙があった、そして、彼女は再び振り返った。
「大統領は何をしているの?」
「多分酔っ払ってるだろうさ。」
ブレナンは話すことができなかった。大統領はすでに空の上におり、今でさえ、戦略空軍の1人で彼の最も親しいアドバイザーと密談して、すでに制御装置からプラスチックのカバーがとられたと。

「彼はそんなにひどくないわ」
マーガレットが言った。
「そんなことできっこないわよ」
「彼は弱い人間なんだよ。」
とブレナンは言った。
「国家の一大事よ。」
「それに彼のバックにいるのは今夜の僕らのホストだ、そうだろう?」
マーガレットはブレナンを見上げた。マーガレットの声は冷笑を含んでいた。
「ダーリン、今夜どうやってポールのところに行けるの?どうやって国家の一大事の会計係と一緒にパンをちぎるのを正当化できるっていうのよ。」
ブレナンは微笑み屈んでマーガレットの唇にキスした。
「汝の敵を知れだよ。」
とブレナンは言った。マーガレットは何かブツブツ言いながらブレナンから離れ、テーブルから立ち上がって黒いクロエデザインのドレスをまとった。マーガレットが着替えているとブレナンがベークライトのドミノサイズの小さなピースを自分上着の折り襟にはめ込んでいるのに気がついた。
「それはだめじゃない?」
「くっついたままにするためさ。」
ブレナンは言った。
「もうすぐかい?」
マーガレットは頷いた。
「車をとってくるよ」
 ブレナンは部屋を出てマーガレットがついて来てないか後ろを見てチェックして階段を降りて書斎に入り、デスクの引き出しの鍵を開けてあの雑嚢を取り出した。短剣の先がたくさんの編み針ように感じられた。再度ブレナンはドアを押し開ける前に階段をチラッと見上げた。ブレナンは湿っぽい夕方の空気を吸い咳をした。重い雲が東から湧き上がり、ブレナンが犬のように空気を鼻から吸うと、父を思い出した。年取った農夫で雨が降るのをその匂いで知ることができ、かつて雷は丁度神が家具を動かしているのだと話していた。今夜はたっぷり動かす家具があるんだろうとブレナンは不気味に思った。

 砂利を走ってガレージの方へ行く時、妻がブラインド越しに彼を見下ろしたのをブレナンは見ていなかった。
ブレナンは車をスタートさせて、運転席の下にその雑嚢をすべりこませた。玄関のドアをバタンと閉め、マーガレットがドレスの裾を調整して頭の上に手を上げて雨の雫を受け止めながら車の方へ走ってきた。ブレナンがマーガレットのために身を乗り出してドアを開けると、雑嚢の紐がギアにまとわりついているのが見えた。ブレナンはマーガレットが乗り込む時に見えないところにそれを押し込もうとした。
「あなた、何かき回しているの?」
ブレナンはマーガレットの頬にキスをした。
「君がとても素敵に見えるよ。」
と、ブレナンが言った。マーガレットはブレナンに礼を言って、鏡の前でバックミラーで身づくろいし、雨でメイクがダメージを受けていないかチェックした。彼らはさびれた通りを車で通り抜けた。カセットプレーヤが後ろで2つのスピーカーから鳴り響いていた。マーガレットはそれにあわせて歌った。ブレナンはマーガレットをちらっと見た。自分は正しかった。マーガレットは素晴らしく見えた。輝いてさえいた。マーガレットを抱き締めたくなり、彼女を抱いた。マーガレットの顔は隠した。彼女を世界から守りたかった。彼女がか弱い女性ではないとしても。


 テープが終わるとリクエストの時間だった。
「もし今晩僕がしばらくいなくなったら・・・」
とブレナンが言った。
「ポールの相手をしといてくれる?」
マーガレットは笑った。
「どういう意味?あなたのために売春婦になれっていうの?」
マーガレットはやじって、片方の眉をいぶかしげに吊り上げた。
「僕がそんなことたのんだ?」
マーガレットは座席に擦り寄った。

「70年たったペニスって何に見えると思う?」
「ピーナツみたいかな」
ブレナンが言った。
「たぶん一日中クルミよ。」

 
マーガレットはクスクス笑って再びテープデッキの方に手を伸ばしたので、ブレナンはほっとしてため息をついた。マーガレットは自分がなぜその家を見てまわりたいか聞かなかった。まるで興味がないように。その方が都合がよかった。彼女になんといっていいか分からなかったからだ。高速道路の出口の標識が現れたので、ブレナンは低速車線に車を乗り入れ、腕時計をちらっと見て、テープを止めてニュースのスイッチを入れた。

「・・・ロシアの代表派遣団がテルアビブの大使館に避難すれば中東紛争がより大きくなる・・・我々の政治的論説委員フランク・ライアンズが言うには・・・」

ブレナンは男性の言うことを半分聞いて、このリポーターはただとても遠くの力を報告しただけでパニックの理由は述べないという印象だった。ブレナンは実際この男がどのくらい知っているのか疑問に思った。ブレナンにイマジネーションが甦り死に染まった部分に触れた。多分もう時間はない。多分責任を取らされるだろう。ブレナンは決心した。やるのは午後だ。あの少年に立ち向かい、それからデ・カルロの神に引き継がせる。神が自分の手を導く。もしそれが神の意思であるならば・・・。自分がフィリップ・ブレナンである限り、自分が少年なら自分の仕事はあの少年に立ち向かうことだけだったろう。あとは神の干渉をしていた。たとえ自分が何をしたとしても、それはデ・カルロの神の意思だ。それは法廷での防御にならないが自分の役にはたつ。




 「前に来たことあるの?」
マーガレットの声が、ブレナンを空想から目覚めさせた。ブレナンは頭を振った。
「なぜ?」
「あなたが行こうとしてる場所をちゃんと知っているみたいだからよ。」
「出かける前に地図をチェックしたんだよ。」
マーガレットは肩をすくめて、高い垣根でフロントガラス越しにじっと見た。ウサギが垣根にぶつかるとマーガレットは不平そうに言った。
 「やりそこなった。」

ブレナンは驚いてマーガレットを見た。思い返せば最初に知っていた。若い彼女が地獄と言ったとき顔が紅潮し、最も強い罵りの言葉が「射ち殺せ」だったことを。

大きい門が見えてきた。ブレナンは車を止めて窓を下げて外へ乗り出し、門柱のボタンを押し名前を伝えた。門が開き、ブレナンの車は家の方へ向かった。 家が見えてくるとブーハーが開いたドアの側に立っているのが見えた。
 「ピーナッツよ。」
と、マーガレットが言って、くすくす笑って言った。
ブレナンは車を止めて外に出るとつま先が雑嚢のストラップに引っかかった。音がした。しかし、マーガレットは気付いたのかどうか注意を払わなかった。ブーハーが歩いてきてマーガレットのためにドアを開け彼女にキスをして歓迎した。それからブレナンの方を向いて握手した。
「よく来てくれた。こんな状況下で君がたどり着くとは思わなかったよ。」
ブレナンはポケベルを軽く叩いた。
「僕は食事がこのひどいもんに中断されないことを望むだけです。」
 ブーハーはマーガレットの腕をとり、ブレナンは後に続いた。ブレナンは空をちらっと見た。
雷を追い越していた。ペレフォードの夜は暖かく湿っぽかった。おいしい物を食べて、おいしいワインを飲んで、良い会話を楽しんで、そして庭を歩く。それはとても文化的だった。

ブレナンは廊下に入って初老の執事にうなづいて挨拶して、曲がった階段の上のギャラリーと家の奥に導く通路の向こうをチラッと見て目を細め、あの少年がどこに住んでるだろうと思った。鼻をならしたが臭ったのはリビングルームの焚き火からの木の煙だけだった。
 ブーハーは2人をフランス製の窓へ案内し、全世界に対するツアーガイドのようにその場所の特徴をを指し示した。執事が飲み物を注ぎ、暖炉の火がパチパチ弾けた。照明が芝生とバラ園を照らしていた。妻が美しく見え、ホストは都会的だった。この場面がフィリップ・ブレナンのためのコマーシャルでありえると思えた。成功し、幸せな結婚をして、イングランドで最もりっぱな家の一つで金持ちの強力な男性に楽しませてもらっている。2・3ヤード離れた雑嚢の中で寄り添っている6本の短剣を除いてそれは完璧であった。

「後で庭を見せよう」
とブーハーが言った。
「それができますかねぇ。」
ブレナンが言った。
「嵐が来ますよ」
ブーハーはブレナンを見て眉をひそめた。
「雷です。」
ブレナンが言った。
「おお、そうか。」
マーガレットが部屋の向こう側へ移ったのでブレナンは近付いて絵を見た。
「どのくらいひどいんだ?」
とブーハーは尋ねた。ブレナンは微笑んだ。
「時は指を交差しておくくらいと言いませんでした?」
「指、つま先、あなたが持ってる何でもよ。」
とマーガレットが叫んだのでブレナンは振り向いた。マーガレットは肖像の下に立っていた。ブレナンは部屋を横切ってその顔と銘を見つめた。

『ダミアン・ソーン:アメリカ大使』

「彼は美しかったって言ったでしょ。」
マーガレットはブレナンにささやき、ウィンクした。
ブーハーは2人に加わりマーガレットに微笑みながら言った。
「彼は女性にとってとても魅力的だった」と。
「まだ彼には子供がいなかった?」
ブレナンは言った。マーガレットは驚いてブレナンを見た。
「なんでそんなこと言うの?なんの関係があるの?」
ブレナンは肩をすくめてブーハーを見た。
「彼が王朝を続けなかったことに驚いているんだ。」
「彼が亡くなったのはわすか32歳だった。」
とブーハーが言った。
「ええ、彼の葬式を覚えています。」

気まずい沈黙があり、それはドアのノックの音によって破られた。振り向くと執事が夕食の用意ができたと報告に来たのが見えた。
再び、ブーハーがマーガレットの腕をとりお辞儀した。
2人とも食欲があるといいのだが。」

とブーハーは言って部屋を出て彼らを案内した。ホールを通って食堂へ行くと、執事が椅子へ案内した。テーブルの中央に6つの黒いロウソクがある枝つきの燭台があった。フランス製の窓が開けられ芝生が見えた。星の一群が雲の切れ間を通して輝いていた。

落ちつくと、ブレナンはなぜ自分たちが招待されたか、そしてなぜ他に誰もいないのか尋ねたくなった。ブーハーは晩餐会を行うとき、いつもパートナーとしてある女性がいることを知っていた。外国の旅行中の政治家は、自分の妻がペレフォードの臨時のホステスの役をするのは光栄なことだったそれでもスキャンダルのかけらもなかった。
 しかしながら今夜はテーブルは3人用にナイフフォークも三角形にセットされていた。
 ブレナンは妻をちらっと見て、また彼女が欲しいと感じた。今まで妻がこんなに魅力的に見えたことはないように思えた。弱い言葉だとブレナンは思った。「魅惑的」というより「光ってる」の方がましか・・・。ブレナンは席について妻に微笑み、執事がブーハーにワインを手渡しているのを見た。ブーハーは味見をして頷いた。
「知ってる?」
マーガレットが言った。
「子供の頃ロードアイランにある家で父と一緒にディナーに行ったの。ホストは金持ちのフランス人だったと思うわ。それでその人の使用人がワインを持ってきたら彼はそれを返したの。」
マーガレットは微笑んだ。
「自分のワインだけをね。」
 男性たちは微笑み、ブーハーは自分のワインでマーガレットの話に従った。最初のコース中会話はたわいのないものだった。雲が東の方から湧きあがり、部屋をより暗くさせているようにさえ思われ、蝋燭の明かりでマーガレットが紅潮しているように見えた。ブレナンはこっそりとマーガレットを見ると彼女がいつもよりたくさん飲んでいることに気がつき、不審に思った。夜風がますます重苦しくなってきたので、ブレナンはネクタイをゆるめた。蝋燭がより明るくともり、明滅なしでみごとに6つのチューリップの形になっていた。

 魚料理が出され、それから子牛の肉が続いた。ブレナンは食欲がなかったが無理して食べるようにした。会話に貢献したが、何もしゃべることがなかった。したいことはテーブルから離れて家を見てまわり、あの少年を見つけることだけだった。ちょうどよく襟元でレシーバーがなっり、話の途中でブーハーが沈黙した。

「申し訳ありませんが・・・」
ブレナンは立ち上がった
「客間の電話を使うといい。」
とブーハーが言った。
ブレナンは頷きブーハーに礼を言って部屋を出てドアを閉めた。マーガレットとブーハーは動かずお互いに見詰め合いながら静かに座っていた。
 ブレナンは呼び出しを予想してはいた。それでもまだに単なる誤警報かいつもの確認でなんでもないことを望んでいたが、電話番号をプッシュすると手のひらがじっとりとしていた。
「ブレナンだ。」
言ったのはそれだけだった。2回返事をしてそれから受話器を置いた。ブレナンは見上げて鏡の一つで自分を見た。元気そうに見えた。顔色は悪くならなかった。心臓はどきどきせず、脈は普通だった。本能的にブレナンは窓から空を見て、振り向きしっかり歩いて食堂へ戻り穏やかにドアを開けた。

 ブーハーとマーガレットはブレナンが出て行った時と同じように座っていた。ブレナンはテーブルの側に立ち片腕を妻の肩に置いた。
「始まったよ。」
ブレナンは言った。
「テルアビプとエルサレムは爆撃された。」
2人はブレナンを見たが何も言わなかった。
「衛星がそれを拾っていたんだ。」
とブレナンが言った。
「核弾頭だ。すべて破壊される。まだベイルートの言葉はないがもうすぐあるだろう。イスラエルに対するどんな空襲もすべて即時報復で終わるだろう。」
「目には目をね。」
マーガレットが言った。
ブレナンはマーガレットを見た。ストラップがマーガレットの肩から落ち、胸がほとんど丸見えだったが、マーガレットは気付いていないようだった。蝋燭の明かりでマーガレットの目が輝いていた。ブレナンはマーガレットが酔っているのかどうか疑問に思った。

 ブレナンは自分の考えを集中しようとした。もし中東が大釜であるならば、それからどのくらいでミサイルはどこか他を攻撃するのだろうか?ブレナンは可能な戦略はすべてシナリオを暗記していた。しかしそれが始まったそれを今理解することができなかった。ブーハーは立ち上がり、ワイングラスをひっくり返した。ワインは床の上に血のように滴ったが何もしなかった。

エルサレムに対して戦争をした人々
とブーハーは単調に言った。
彼らの肉は、腐れ落ちる。
マーガレットは自分の椅子を押し戻してブレナンの隣に立ち彼を見つめた。
彼らの目はまぶたの中で腐敗する。
と、マーガレットが言った。
彼らの舌は口で腐敗する。」
ブレナンがマーガレットの名を呼んで手を伸ばしたが、マーガレットは無視した。
イスラエルの地に、大いなる震動があり・・・]
とブーハーが言った。
 「海の魚、空の鳥、野の獣、すべての地に這うもの」、彼女が続けた。

地のおもてにあるすべての人は・・・」
同じトーンでブーハーは続けた。
わが前に打ち震える。また山々はくずれ、がけは落ち、すべての石がきは地に倒れる。]
「マーガレット!」
ブレナンは彼女の腕にさわって、あとずさりした。まるで熱あるように熱かった。ブレナンは頭を振った。そして、彼らが話した言葉をを思い出した。そして、彼の聖書の授業で覚えていた言葉だった。漠然とそれらの言葉を思い出すことができた。しかしマーガレットがそれほど熟知していたとは思わなかった。彼らは続けた。




この章はまだ続きます

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