98年 10月 31日 07時 37分 47秒
女の腕の内側に、ホクロが縦に3つある。白くひんやりとしていて、女の腕の
内側は大理石みたいだ、と私は思った。
「くすぐったいわよ、やめて」
と、女が私を軽く押して、たくみに身体をひねるとベットから滑りでた。年齢
のはっきりしない女であった。化粧が剥げ落ちたせいで素顔が覗いているが、
その素顔は18歳にも30歳にも見えた。
「いくつ?」
と、私はベットサイドのテーブルから煙草を取り上げながら聞いた。
「あたしの歳?」
顔に落ちてくる長い髪の束を、ものうい手付きで掻き上げながら女が言った。
「そんなこと、どうでもいいじゃない」
そう、実にどうでもいいことであった。
「こんなこと、よくあるのか?」
くわえ煙草のくぐもった声で、投げやりに聞いた。
「それもどうでもいいことじゃないの?」
裸のまま、窓の方へ歩きながら女は答えた。腰が痛々しいほどくびれていて
肉の薄い尻がそれに続いていた。
「あたしがもし仮に、今夜がはじめてよ、て言ったって、あなた信じないでしょ?」
「うん、まあ信じないね」
私はそう言って、カチリとライターの火を2本目の煙草に移した。
「じゃ、なぜ聞くの?最初から期待もしていないことを・・・男ってみんな同じね」
女は寒そうに胸の前で腕を交錯させた。
「みんな同じだと言える程度に、男達と夜を過ごしたわけだ」
吐き出した煙が、ゆっくりと室内を流れていく。私は、枕を2枚重ね背にあてて女が良く見える
ように位置を変えた。
「男って、自分のことは棚に上げて女には貞節を求めるのね」
窓の外に広がる夜景を眺めながら女が言った。
「貞節ってのは変だよ、この場合」
「でも、まあそんなようなもんじゃない?」
と、女は肩をすくめた。
「男にだけ欲望があって、女にはないと思うの?」
「そんなことは言っていないさ」
私は煙の行方を眼で追いながら答えた。
「でも、貴方の”やり方”ってそんな感じよ」
「どんな感じだって?」
「だから、男にだけ切実に満たされなければならない欲望があって、女にはそんな
ものがないとでも思っているような”やり方”よ。いつもそうなの?」
「いつもそうって?」
「自分だけ満足すれば、相手はどうでもいいわけ?」
そういって女は肩越しに振り向いて私をじっと見た。
「でも、きみは・・・」
煙草の灰が自分の胸の上に落ちて、一瞬熱感をもった。あわててそれを振り払い
「キミだって、イッタじゃないか?身体が反り返ったじゃないか」
と、軋んだ声で女に言った。
「あれ?演技よ」
にべもなく女はそう言った。
「あ、こりゃ駄目だ、と思ったとたん、気分がさめちゃうのよ。あとは一刻も早く
あなたに終わってもらうために、ああしただけ」
「そりゃないぜ・・・」
私は愕然として女を眺めた。
「だって、あなたのテクニックじゃ、はっきり言って女はイカないよ」
「冗談じゃないよなぁ」
私は枕からずり落ちた格好で天井をふり仰いだ。
こんあ小娘に一体何がわかるのだと頭の中がかっと熱くなった。
「あなた奥さんいる?」
女は窓際から戻ってくると、そこここに脱ぎ捨ててあった着るものを、ひとつずつ
拾い集めながら、そう聞いた。
「いるさ。妻が一人、恋人が一人」
「で、どうなの?」
「どうって?」
「2人とも満足していると思う?」
「と思うね」
やけに力を入れて私が言った。
「つまり、反り返ったりするから?あたしと同じで演技かもよ?」
女は皮肉な笑いをニヤリと浮かべると、手早く下着を着け始めた。
「演技じゃないと、どうして言い切れる?」
「言い切れるさ」
「だって現にあたしの演技が見抜けなかったのに?」
「君はだな、不感症だよ」
「あなたのプライドのために、そうだと言ってあげたいんだけどね、違うわよ。
特別感度がずば抜けて良くもないけど、悪くもないわ。ま、平均的ってところ。
つまり、あなたの奥さんや恋人とさほど違わないってことよ」
女はすっかり着終えると、ストッキングに足を通し始めた。
「きみ、一体何者?」
呆気に取られて、私は間の抜けた質問をした。
「え?普通の女の子よ、フッフッフ・・・」
鏡の前でストッキングのねじれを点検しながら、女はケロリと答えた。
「とうてい普通の女の子って柄じゃないね・・・」
私は慌てて言葉を濁した。
「プロとでもいいたいの?可哀相に・・・そういうと思ったわ」
最後に指輪や時計をはめながら女は言った。
「あなたのこと、愛してないから本当のことが言えるのよ。明日になったら
ケロリと忘れちゃえるような男だから、事実を教えただけ・・・」
女はバックをひょいと椅子の上からすくい上げると、ドアに向かって歩きだ
した。
「奥さんや恋人は、多分あなたのこと愛してるから、本当のことが言えなく
て、反り返っているのよ。解るかしら・・・?」
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